8月25日、ビジターセンター正午の外気温24.7℃の夏の好天の中、パークボランティアの方々とともに桧原歴史巡り金山浜探勝路を歩いてきました。

このコースは、桧原湖最北部の、早稲沢(わせざわ)浜探勝路と桧原歴史巡り(小谷山城跡)探勝路、金山(かねやま)浜探勝路の三つに分かれています。浜辺の探勝路は平坦地、小谷山は標高差100mほどの登山となります。

まだまだ真夏の登山、ウォーキングとなりますので、暑さ対策の帽子着用、汗拭き、水分補給等の他、山地の急な天候変化に対応できる上下のレインウエア、山道を歩くのに好都合なトレッキングシューズ等を準備されて歩いてください。またクマ対策として、至近距離での遭遇を防ぐクマ鈴もぜひ準備してください。

さて、まず早稲沢浜探勝路です。ここのスタートは広々としたキャンプ場となっていて、カツラ、シロヤナギ、オニグルミ等の巨木が涼しい木陰をつくってくれています。(↓)

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また水辺には、エゾミソハギの群落が今を盛りに咲いていました。(↓)

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さわやかな湖岸風に吹かれて歩を進めましたが、三角州中央を流れる吾妻川に架かる橋が、残念ながら大水で流され、通行不可となっておりました。(↓)

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早稲沢浜に引き返し、車道を金山浜探勝路入口まで進み、金山浜探勝路を歩くことにしました。(↓)

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こちらの浜にも長井川が流入しており、橋を渡る必要がありますが、こちらは修復され進むことができました。(↓)

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また探勝路もきれいに整備され気持ちよく歩けました。(↓)

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湖岸沿いの道は湿地になって所々、ヤナギ類が繁茂していました。

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この探勝路は距離0.8kmで20分ほどで出口となります。(↓)

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さて最後は桧原歴史巡り(小谷山城跡)探勝路です。2か所ある出入口はともに県道沿いにあります。西側入口から登りました。(↓)

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よく整備されたミズナラ主体の探勝路を歴史に思いを馳せながらゆっくり登っていきます。この小谷山城跡は、16世紀後半、会津穴澤一族と攻防のあった米沢伊達家の築城でした。この地、桧原金山は、その名の通り会津の金銀鉱山があったところで、今でも精錬所跡や坑口跡が一部残っています。そこに米沢から桧原峠を越え伊達が攻めてきたのです。(↓)

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頂上に近づくと、山城の特徴である人工的な堀切が見られます。(↓)

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そして頂上には居城跡の平坦地が見られます。400年以上前の城跡ですので今はブナ林となっていて眺望はききません。(↓)

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東側出入口に降り、県道を歩くと桧原湖を挟んで反対側に堂場山が見えてきます。この山頂にかつて会津穴澤一族の居城、岩山(巖山)城があり、1584年伊達政宗の謀略により、ここで会津穴澤一族の大部分が滅んだのです。明治の磐梯山噴火のはるか前で桧原湖のなかった頃の話です。(↓)

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桧原湖ができた以外は、地形的にも植生的にもあまり明治の噴火の影響のない桧原湖北部のこの探勝路を、皆さんも歴史をしのびながらぜひ歩いてみてください。

<ターサン>

※裏磐梯はツキノワグマの生息域です。散策の際には、クマ鈴などでクマに人間の存在を知らせてあげてください。
また、近年、イノシシやサルも裏磐梯に生息し始めました。十分注意しましょう。
どちらも目撃したら、当センターにお知らせください。(電話:0241-32-2850)